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常識という心の檻









今年も七夕は雨だったなぁ。。


実は宇宙や星空が大好きなんです^^





宇宙に思いを馳せてるからとかそんなんじゃないんですが


どうやから、あぁやから、、、プライベートではそんなことは右から左へとストローのようにひょっとしたらあまり聞く耳を持てていないかも知れない

二元論から極力距離を取りたい吉田です



あぁ、いい加減なやつに思われそう



でも時に定義ってのは厄介やないですか?

良いか悪いか

常識か非常識か、

美しいか醜いか

利か害か

得か損か



心が明るいか暗いかではなく


まず定義を前提に置こうとする


エネルギーが解放されているか

固まり、滞るかよりも


良いか悪いか



結果


言葉や倫理や常識が先にきすぎて


心が後回しになり心が重たくなったり


常識の中にいるのに心が引き裂かれそうになっているというかたもいらっしゃいます




「あなたは間違っている」という正義の拳を人に振りかざしながら

自分の心を固く閉ざしていく人たちもいる



人に心を配りながらどこかで自分が枯渇しそうになっている人がいる


全てにエネルギーの流れがある



明るい、暗い

軽い、重たい

解放、閉ざす

満ちる、枯れる




心を見つめず物事全てに定義を先においていくと


思考と心のエネルギーのギャップ

生活と心と魂のギャップに苦しんでいることが往々にある



良しとする自らの思考、その背景に

心のエネルギーは必ずしも良しと言っているとは限らなかったりする




ここにオーラの滞りが影を潜めていく


今あなたを動かすエネルギーは何を感じさせているのだろう



人間の力で動かないもの

人間の意図するままに働かないもの

人間の智では測れないものを


「自然」と呼ぶとしたら


「自然」はそのままストレートに

ただただエネルギーだけを私たちにみせてくれているよう


宗教や哲学は


この「自然観」を持って人生を、魂の自然を見つめさせようとしているのではないやろうか




全てにエネルギーが宿るというと、エネルギーが後付けのようにも聞こえるが




オーラの世界では


エネルギーが先で言葉が後についてくる

エネルギーが先で物質が後についてくる

そのエネルギーが伝播して波を作る


しかし人と人との間にはその波がそのまま伝播しないことがよくある





「伝達」というものにはいくつかありますね


そのままの事実の伝達


解釈を取り違えた伝達


解釈を意図的に捻じ曲げて伝える伝達


あるいは伝えた事実さえないのに

まるであったかの様に第三者を盾に自分の都合の良い様に伝える、、、伝達



人は目に見えないものを甘くみすぎる時がある


言葉というツール単体では如何様にも偽って表現できるが、

そこに在るエネルギーには一切偽りはない


大きな意味で、病やトラブルに原因不明がないように


波が滞った原因が必ずある


私たちは表現する何かで誰かに何かを伝えることをおこなっている



いきることが表現という芸術ともなっている



いきることの芸術家と言っても過言ではないかもしれない


伝えるということを長くみてきた芸術家たちは作品にエネルギーをみる



どのようにあなたが研磨されてきたか


「過去」ではなく


「今」 のあなたのエネルギーが何を語っているかをみる



偽るエネルギーには、

何か他のものに操られてあっちに動き、こっちに動きまわり

我という枠に主導権を奪われて歩き方すらわからなくなってしまってる様にみえる



祈りでさえも全てにエネルギーが在る



祈りには2通りあるようです

結果を期待して、願をかけたらその願いは叶う、

どうぞ叶えてくれますように

まずはそのために祈りなさい



という取引のようなものを祈りと呼ぶ人たちもいる


かたや叶わなくても、叶っても

むしろ叶わないということを知りつつ


祈らずにはいられない、、、


そういう祈りはやった行為を振り返らないから痕跡を残さない


そこに取引はない


叶えるために祈るという目的を置いていない祈り



瞑想にも、祈りにも、


言葉を発しないものにもエネルギーがしっかりとある




なぜしっかりと発する言葉にエネルギーを感じないと思うことができるだろうか


なぜ偽ることができると思うだろうか、、、



エネルギーには偽りはない


だとしたら、、


もしあなたが今、誰かに誤解されていると感じたとしても

どうか安心してほしい


整合性のピースを懸命に集める必要はない


あなたを守り、生かすそのピースは必ず集まるから



180度違うものは180度戻される


エネルギーの世界はそういうもの




たまに吉田に見透かされてているように思う、、、と言われる時がありますが

とんでもない!


エネルギーはお互い感じてるやろうけど


見透かすどころか


目の前の人が私のことを見透かしていると思って関わらせていただいてます


せこさもずるさも全部見透かされてるわぁ!!って、、


だから肩の力抜いてアホも言いたいことも隠さずに居れるんやと思います


誤解が生じることもあるやろうけど、でもやっぱり言っちゃいます



関わってくださってる心の広い友人たち、いつもありがとう!やわ



我慢ができひんたちやから

言葉がストレートすぎて嫌な思いもさせるかもしれん


その時はごめんやで



縁があればまた一緒に時間過ごせる関係で入れるやろうし


我慢した関係であれば縁もへったくれもないと思ってるやつです



白いもんも黒いもんもあって人間


全部さらけ出す必要なんかないやん


人間関係8割の距離感やとすぐ人に期待しすぎる

7割でもまだ近い

6割くらいがちょうどいい


会わなくても認めてる


会話交わさなくても心地いいしあったかいもん感じれてる


求めないから苦しくもない


超人見知りの俺には人間関係は6割くらいの距離感がちょうどいいかも知れない


許された分だけ、信用が重なり合った分だけ見せ合いっこして仲良くしていこな




はぁ、、今日もさらけ出しすぎたかな、、

 
 
 

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